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高野瀬(たかのせ)城跡

[2008年3月6日]

ID:110

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戦国まっただ中の城

 

高野瀬で城を築いた高野瀬家広は、近江の守護佐々木氏(観音寺城)の名将である愛智氏が分家した一族です。高野瀬家はさらに分家し、肥田にも城を築きました。室町中期から後期のこの地は、戦乱の嵐の中でした。当時近江は愛知川以南の佐々木六角氏と同じ一族の北を支配する京極氏(山東町・清滝)と二分化し、またその後京極氏が浅井家(湖北町・小谷城)に敗れると佐々木氏と高野瀬氏は浅井家と戦いました。ちょうど豊郷のあたりは、その境界線上にあったのです。

 

高野瀬城城跡碑


今から約460年前、高野瀬城や肥田城は浅井軍攻撃からの防波堤となっていたのです。しかし、その後、織田信長によって両者とも亡び去ってしまったのです。今の高野瀬城は、当時をわずかに偲ぶ城跡碑と城主が町づくりに、力をそそいだ天稚彦神社の伝説が残っているにすぎません。

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